こんにちは、カターニア大学医学部1年の清水俊宏です。受験生の中には進学先として海外の大学を視野に入れる方もいらっしゃるのではないでしょうか。海外の医学部といえば東欧というイメージの方が多いかと思いますが、最近ではイタリアの医学部も徐々に日本での知名度が上がりつつあります。本記事では入試、大学・都市選び、学費と生活費、授業や試験の雰囲気を、私自身の体験を交えながら紹介します。
イタリアには英語で開講されるMedicine and Surgeryコースがあります。期間は6年間であり、日本における医学部医学科に相当すると考えるとわかりやすいと思います。英語医学部に入学したい受験生はまずプレエンロールメント(出願)や英語能力試験の受験・スコア提出などのいくつかの手続きを済ませたのち、IMATという入試を受けることになります。ちなみに英語力の要件はCEFRレベルB2、IELTS換算でスコア5.5なので多くの方にとっては大きな障壁とはならないかと思います。もちろんこれは単に出願時の最低要件であり、実際に英語で医学を学んでいくにはより高い英語力を修養していく必要があります。
<IMATとは何か>
IMAT(International Medical Admissions Test)とはイタリア英語開講の医学部・歯学部・獣医学部に入学するための全国共通入試です。日本の共通テストのようなイメージですが、日本との違いは面接や二次試験などなくIMAT一発勝負で合否が決まることです。
その中で受験生は60問の5択マーク式問題を100分以内に解くことになります。採点方式は独特で、正答は+1.5点、無回答は0点、誤答は-0.4点です。したがってマーク式だからといってわからない問題は全部アアアアアにする作戦が使えません。本来正解できた問題を誤答してしまうと、得られるはずだった+1.5点を失うだけでなく、さらに−0.4点のペナルティを受けるため、実質的には1.9点分の損失になります。よって一つ一つのミスが命取りになり得ます。また1問あたり平均1分40秒しかかけられないので、難問をじっくり解くというよりは問題をパッと見て難易度を判断し、骨が折れそうなものは躊躇なく飛ばして確実に取れるところを取っていくというスタイルが求められます。
構成としては、英語読解/一般教養4問、論理/推論5問・生物23問、化学15問、物理/数学13問です。ご覧の通り生物と化学だけで全体の6割以上を占めるのでIMATを目指す受験生の方はまず理科を仕上げるところから始めることになります。こういったところに各国が医学生に対してどのような能力を期待しているかが反映されていて興味深いです。個人的には生物が得意で数学が苦手な私にはぴったりの内容でした。生物分野の特徴の一つは、出題されるのは人体・医学に関わる内容が中心であることです。例えば光合成や昆虫の生態などといった分野はほぼ出題されません。IMATの過去問はインターネット上に無料で公開されているので気になる方はチャレンジしてみてください。
余談ですが、残念ながら日本には試験会場がないため私は最も近い香港会場で受験しました。私は試験開始までの流れをよく理解していなかったためトイレを済ませる前に試験会場に入ってしまったのですが、実は一度入ると替え玉防止のために試験官の付き添いなしでは外に出られない仕組みでした。まだ試験開始時刻まで1時間半あるのでトイレに行けないわけがないと甘く考えていたのですが、試験官は明らかに人手不足で、トイレに行きたい受験者に対応しきれていませんでした。結局私は会場内で1時間半待たされ、そのまま膀胱がパンパンでパニックのまま試験開始時間を迎えました。問題を読んでも何も頭に入って来ません。終わったと思いました。開始直後に試験官に付き添われて無事トイレに行けましたが、貴重な数分間を無駄にしてしまいました。これから受験する方は、会場に入る前に必ずトイレを済ませ、会場運営が日本ほどスムーズではない可能性も見込んでおくことを強くおすすめします。
<志望校選びに関して>
IMATの受験方式はEU域内の学生かそれ以外(Non-EU)かによって大きく異なりますが、多くの日本人はNon-EUとして受験することになると思います。Non-EUの場合は志望校を一つしか選択できないので、志望校選びが非常に重要です。
その際の基準の一つとなるのが合格最低点です。国立大学と一言で言っても、合格最低点によって合格難易度が大きく異なります。点数自体は毎年の試験の難易度や受験生のレベルなどによって変動があるものの、大体毎年最難関を占めるのはパヴィア、ミラノ、ボローニャ大学などです。ちなみにボローニャ大学は世界最古の大学として有名です。2025年の合格最低点はパヴィア大学が73.0点だった一方、バーリ大学は49.3点でした。このように、どの大学を受けるかによって目安となる点数が20点以上も変わってくるので、自身の希望と実力を天秤にかけて慎重に選択する必要があります。
ただ気をつけなければならないのは、必ずしも入試難易度=教育の質ではないという点です。国立大学のカリキュラムはEUやイタリアの法律によって定められているため、どの大学を選択したとしても提供される授業や教授の質などは一定の水準は満たしていると考えられます。(もちろん教授による個人差や大学事務の対応、設備やサポートの充実度などはある程度差があると考えるのが自然です。)
したがって、イタリアでは「志望校を選ぶ際は大学自体というより街で選べ」とよく言われます。私自身もそれには賛成です。医学部に進学するということは、人生の中で6年間もの長い時間を一つの街で過ごすことを意味します。大学の入試の難易度や大学ランキングよりも、その街が6年間快適に住めそうかどうかがより重要な意味を持つと思います。
街選びにおいては人それぞれ基準があると思います。参考までに私の場合は生活費が安くて空港が近く、山と海がある街ということでカターニアに決めました。私は富士山を見ながら育ったので、カターニアにあるエトナ山という火山を見ながら生活できることは精神衛生上良い効果をもたらしてくれます。また、私の体感としては南イタリアは食べ物がおいしく、親切な人が多いです。


(自宅から見たエトナ山、カターニア大学広場、カターニア大学病院救急棟)
生活費に関しては、例えば現在私が住んでいる部屋(ルームシェア)の家賃は光熱費などを除き月290ユーロ(53,650円)です(1ユーロ=185円換算)。ミラノやパルマなどの北部の街では同じくルームシェアの家賃に800ユーロ(148,000円)かかるという話も聞くので、大きな違いと言えます。その他生活費は人によるのでなんとも言えませんが、私の場合月200ユーロ(37,000円)といったところでしょうか。また、日本への往復フライトは時期にもよりますが1,000ユーロ(185,000円)ほどするので毎年帰省したい方はその費用も勘定にいれる必要があります。
また、学費に関しても、国立なので全ての大学が一定の範囲に収まっているとはいえ多少の差異があります。学費は基本的には親の収入によって決まるのですが、概ね高くても3,000ユーロ(555,000円)に収まる大学が多いようです。ちなみにカターニア大学はなぜか親の収入に関わらず一律年間150ユーロ(27,750円)です。
もちろん、カターニアは安くて良いという側面だけではありません。街中のゴミの多さや一部のガラの悪い人の存在、公共交通機関の貧弱さなど様々な欠点も存在します。安さだけで選ぶとストレスを感じるかもしれません。どの街を選ぶにしても必ず何かしらのトレードオフが発生するので、その辺りは何を重視するか、どこまで許容できるのか、自分との相談になってきます。
<授業や試験などに関して>
上述の通り、国立大学は法により教育水準がしっかりと担保されているため教育の質は概ね満足のいくものと言えます。特に、インターネット上の情報では他の大学の教授の英語がイタリア語訛りが強すぎて聞き取れないなどといった話を聞いていたので、むしろ良い驚きがありました。他の大学に関してはわかりませんが少なくともカターニア大学の教授たちに関してはとても英語が上手く、熱心に教えてくれる方が多い印象です。もちろんごく一部何を言っているかわかりづらい人はいますが、その場合でも結局医学部の勉強は自学自習がメインなので、教授の英語の発音が悪いことによるデメリットはそれほどないのかなと思います。加えて、科学・医学用語の多くはラテン語・ギリシア語由来で、英語とイタリア語で似ているものが多くあります。そのため、日常会話に比べると、専門用語そのものは意外と推測しやすい場面もあります。
悪い点として、これはイメージ通りかもしれませんが、教授は頻繁に遅刻します。時間通りに始める教授はかなり珍しく、最低でも15分、30分もまあ当たり前といった具合です。いつも30分遅れる教授が珍しく早く来て「学生が少ないじゃないか」などと言うとき、クラスのみんなは「あなたがいつも遅いからですよ」という言葉を飲み込んで微笑みます。
試験に関しては1年次は筆記が多いのですが、一部口述試験もすでに行われました。口述はイタリアに来て初めて受けたのでやはり最初はなかなか上手く話せませんでした。筆記であればわからない問題は一旦飛ばして後で思い出すということもできるのですが、口述では聞かれた瞬間に記憶を引っ張り出してきて頭の中で構成して話さなくてはいけないのでなかなかテンパってしまいます。強い精神力で自信を持って話す技術が必要です。
私のクラスメイトに関しては、国籍はトルコ、インド、スリランカ、イランなど、中東から南アジアにかけてが多いです。上の学年にはイタリア人やその他EU諸国から来た人も多くいます。高校を出てすぐ来たという人もいれば、すでに母国で看護師をやっていた、製薬会社で働いていた、兵役をやっていたなどと多様な背景を持った人たちが集まっています。そんな多様な環境で世界の広さを日々感じます。例えばパキスタン出身の私のクラスメイトの一人は、生物学の授業中にプリオンの話題が出た際、教授に対してクールー病(Kuru)とCJDについて講義し始めました。教授に対して知識を教えてあげようとする大学1年生が日本にどれだけいるでしょうか・・。あれには驚きました。
<結論>
長くなってしまったので今回はここまでにします。イタリアの英語医学部は、学費の安さや国際的な環境という点で非常に魅力的な選択肢です。一方で、入試制度、行政手続き、言語、生活環境には日本とは異なる難しさもあります。
この記事が、「海外医学部もありかもしれない」と考えている方にとって、イタリア医学部という選択肢を現実的に検討するきっかけになれば幸いです。
受験生に対して一つ注意点としては、インターネット上ではポジショントーク、つまりイタリア医学部の良い点ばかりを強調して何らかのサービスに誘導する情報も見られます。もちろん有用な情報もありますが、必ず複数の情報源を確認し、できれば英語でも検索することをおすすめします。長所・短所の両方を理解した上で自分に合うかどうか検討することが肝要です。



COMMENTS