タイ・ランパーン病院 

心臓血管外科クリニカルフェロー 

渡邊 隼

 

みなさんこんにちは。現在、私はランパーン 病院での最後の手術参加を終え、残務処理に勤しんでおります。

なかなかタイの情報が投稿できておりませんでしたが、留学の最後にこちらにランパーン 病院での研修の概要を報告させていただきます。帰国後もランパーン 病院のフェローシップをサポートしていく予定ですので、ご興味のある方はお気軽にご連絡ください(shunchan828@me.com)。

 

  • ランパーン病院の概略

ランパーン病院はタイ北部ランパーン県にある、タイ保健省管轄の県立病院である。近県のプレー県、ナン県の3次救急を請け負っている。CPIRDというタイの地域医師の増加プロジェクトに参加しており、チェンマイ大学のレジデントやフェローを受け入れている。またランパーン病院独自の初期レジデンシープログラムも有している(心臓血管外科はタイの心臓血管外科トレーニングセンターとして認定されていないため、心臓血管外科独自のタイ人レジデント、フェローはいない)。病床数は781床の総合病院である。

 

  • ランパーン病院心臓血管外科

 心大血管手術年間症例数は600から 700例程度で、2019年は610例、内CABGは248例(40.6%)であった。CABGは基本的にOPCABで施行されており、両側内胸動脈使用率は44.4%。最近では両側内胸動脈使用のMICS OPCABを可能な症例には施行している。心大血管手術全体の入院死亡率は3.1%(2019年)。手術室は2部屋、ICUは8床有している。診療環境は日本に近い環境であるが、医療資源の問題から再利用可能なものは再利用されている。タイの医師数は人口1000人あたり0.39人と少ないため、術前精査や術式選択などは日本と異なる部分も多い。日本で可能な先進医療もほぼ全てタイで施行可能であるが、医療費が高くタイの保険制度でまだ償還されない治療に関しては首都圏の限られた医療施設でのみ施行されているのが現状である。

 

  • ランパーン病院での研修の実際 

ランパーン病院心臓血管外科で私はクリニカルフェローという位置付けで、医療行為に携わった。私の医療行為の責任は主任部長にある状態で手術などを行なったが、医師不足の状態もあり緊急時など院内にが部長がいる状況で、実際には単独で手術を請け負うことも少なくなかった。

典型的な1日のスケジュールは朝は8:30からICUの回診指示出しを行う。診療録は紙運用で画像システムは電子カルテが使用されている。今後タブレット端末などを用いた電子カルテへの完全移行が予定されている。指示のカルテ記載は基本的に英語なので指示を出す事は可能だが、診療録自体はタイ語で記載される事が多く、タイ人の手書きのカルテを読解する事はかなり難しい。ICU患者は挿管管理中や喋れないことも多く、タイ語での会話が成立しなくても診療行為を行うことが大部分の患者で可能なため、ICU薬剤の指示、ドレーンやIABPの抜去などは日本人フェローが行うことが多い。後述の医師不足の状態もあり、タイではナースの業務範囲が日本に比べて大きく、抜管やカテコラミンのベッドサイドでのコントロールなどナースが行っている。8時からはその日の手術症例の術前カンファレンスを行う。カンファレンスでのプレゼンテーションは英語で日本人フェローまたはタイ人の学生や他大学からのフェローが行う。簡単なブリーフィング形式でその日の術式をスタッフサージャン、スクラブナース、パーフュージョニストと確認する。8時半頃から病棟回診をスタッフサージャンと行い9時過ぎから手術室に入室する。導入からスクラブまでは麻酔科医、スクラブナースが行いシーツ掛けまで終了した時点でサージャンが入室する事が多い。我々は少し早めにスクラブインしてサージャンが来るのを待つ。症例によっては電話で先に初めてくれと指示をもらうことがあり、その場合はナースを前立ちに開胸やグラフト採取を開始する。手術での役割はスタッフサージャンの裁量に依存しており、フェローのスキルレベル、症例の難易度、その日の手術予定に応じて完全執刀、部分執刀、第一助手として手術をサポートする。我々フェローがいなければ基本的にスタッフはスクラブナースを前立ちに手術をする。そのため我々日本人フェローがいるとスクラブナースを一名休ませる事ができる。またナースはグラフト採取部の閉創は行うが、採取まではしないのでバイパス手術では手術時間短縮に貢献できる。それ以外に日本人フェローには学術面での貢献を期待されており、1年の研修期間中に学術論文1編の執筆が目標となっている。スタッフサージャンは外来や病棟業務でかなり多忙であり、論文執筆に割く時間が取れないことが多いため、我々日本人フェローにその部分の補填が期待されている。

 

  • ランパーン病院での研修の特徴

タイ ランパーン病院での心臓血管外科留学の良い点は、

①手術手技修練を集中的に行えること

②MICSや動脈グラフトでのOPCABなど高難易度手術においてもに執刀経験を積むチャンスがあること

③特別な資格が必要ないこと

が挙げられる

逆に良くない点としては

①患者、ナースとのコミュニケーションがタイ語が堪能でないと困難であること

②TAVIやDavinciなど消耗品にコストのかかる先進医療に関しては導入のペースが遅いこと

③術前術後の精査や投薬などのマネジメントの方針がかなり日本と異なること

などが挙げられる。

タイ語でのコミュニケーションは病院的にも日本人フェローには期待していないため、必然的に私たちの主なワーキングプレイスは手術室となる。朝の9時から夜の9時頃まで平日毎日手術室で術者または第1助手として過ごすことができるのは、日本では難しいため、集中的に手術手技に特化した時間を過ごすことができることが、タイ留学のもっとも大きなメリットである。少なくとも皮膚縫合はほぼ全ての症例で行うことができ、グラフト採取や部分執刀の機会も多いため、存分に手を動かすことができる。しかしながら高度先進医療に関してはコストの問題が大きく、進んでいないため日本でまだ施行されていない最先端の治療方法を学んで持って帰るというような欧米諸国での留学で得られる経験は得られない。

 

また現主任部長は常に共に成長すると言う姿勢をもって指導してくれるため、高難易度症例(MICS VALVEやMICS OPCAB)でも可能な限り部分執刀のチャンスを与えてくれる。複雑症例や高度な症例での手技を部分的に経験できる機会は価値のある経験となる。1フェローあたりの見込み最大完全執刀症例数は、フェローが技術的人間的に十分であった場合で50例/年程度。第1助手としての手術参加数は200例/年程度。

手術は平日毎日開心手術1日2例から3例。末梢血管、呼吸器外科手術なども同時に2−3例施行されている。手術室は2部屋で心臓手術は1室で2例目は直列、3例目は半並列で施行されることが多い。手術は2時間から5時間程度のことが多く、1例目終了後、患者入れ替え中に昼食をとり2例目に参加。3例目がある際は入れ替え時に夕食をとり3例目に参加。全手術終了時間はだいたい19時から23時前後のことが多かった。夜間の緊急手術に関してはDutyではなく希望すれば参加することができる。基本的に平日日中の業務が主であり、夜間休日は自主性に任されている。急患も日中の手術で対応することが多く、夜間緊急はそこまで多くないため、日本での心臓血管外科業務に比べると比較的規則正しい生活を送ることができた。

 

 

 

  • タイでの生活

ランパーン病院は院内に寮を用意してくれたので。家賃はフリーで共益費が月1500円程度のみであった。希望すれば院外のコンドミニアムに居住することもでき、その場合の家賃は月15000円程度。住宅の内部は概ね日本と同様であり、コンドミニアムの多くはプールやフィットネスジムなどが内部にある事が多い。院内も含めヤモリなどに遭遇することは日常茶飯事であるが、ゴキブリはあまり目にすることはなかった。ただタイは下水の配管が詰まりやすく、水のトラブルには何度か遭遇した。食事は平日の昼食は病院が用意してくれる。タイは食は非常に豊富で病院の周辺にもたくさんの屋台が夜21時頃まで並んでいる。屋台やローカルの食堂などで食事をすると一食50から100バーツ程度で済ませることができる。タイの通過はバーツで1バーツ3円程度なので150円から300円程度。こちらの食事に関する金銭感覚はバーツでの価格を10倍した数値を円として考えると日本人の感覚と同じくらいになる。例えば50バーツのタイラーメンを食べる場合は、日本で500円払って食べている感覚である。なので100バーツのタイラーメンは1000円相当となり、私たちにとっては実際300円くらいで安くても、タイの人にとっては高いということになる。価格帯の高いタイ料理レストランや日本料理店などもありそのようなレストランで食事をした場合は500バーツから1000バーツ程度。コンビニエンスストアも多数存在するため、食事や日用品の調達で不自由はあまりなかった。

 

  • タイ臨床留学に必要な準備

ランパーン病院からの希望技能レベルは特になく、意欲的であれば技能レベル、学年は問われていない。フェローシップ経験者の意見としては、最低限基本的な心臓外科手術を単独執刀開始できるレベルであれば、フェローシップを最大限に活用できるのではないかと考える(心臓血管外科専門医取得直後程度の技量)。

 このフェローシップは基本的に留学扱いであり、給与の支給はない。ビザはEDビザという留学ビザの取得が必要で、取得条件としては日本国内の教育施設からの推薦状とランパーン病院からの推薦状が必要である。手続きはスムーズに進む事が多く、大使館に申請後、1週間程度でビザが発給される事が多い。

 

  • おわりに

タイ ランパーン病院では手術に特化した研修を積む事ができる。生活費は安く、入国の手続きも比較的容易である。日本にはない最新の知見を得ることは難しいが、上記がマッチする人にとっては魅力的なフェローシップである。興味のある読者の方は気軽に連絡していただきたい(shunchan828@me.com)

 

参考資料 実際の20ヶ月のフェローシップでの手術経験

完全独立執刀(ナースまたはフェローが助手)

8

 AVR

3

 OPCAB

2

 AVR CABG

1

 DVR

1

 Pericardiotomy

1

 

 

指導医下独立執刀(指導医が助手、手術のメインを含む8割以上を執刀)

100

 ASD

1

 AVR

16

 AVR+CABG

4

 AVR AAR

1

 AVR MVP TAP

1

 AVR MVR TAP

1

 AVR MVP MAZE LAA

1

 Bentall

3

 PE embolectomy

1

 MICS

10

  MICS AVR

1

  MICS MVR

5

  MICS MVRp

1

  MICS OPCAB

3

 MVP

7

 MVP CABG

1

 MVP TAP CABG

1

 MVR

1

 AVR MVR

2

 MVR CABG

2

 MVR TAP

3

 MVP TAP

3

 MVP TAP LAA

1

 MVP TAP PVI LAA

1

 OPCAB

35

 Redo AVR

1

 Redo MVR

1

 Redo MVR AVR

1

 Redo MVR TAP

2

 TEVAR

1

 Myxoectomy

1

 PAR

1

 VSP repair

1