こんにちは。Team WADA学生メンバーの松山智亮と申します。

今回は外務省医務官としてご活躍されている中村燈喜先生にインタビューさせていただきました。外務省医務官とはどういうお仕事なのか、またアフリカの医療事情や、先進国からの医療援助について現地から望むことについても貴重なご意見を伺うことができました。是非最後まで読んでいただけると幸いです!

中村燈喜先生

 

〈ご経歴〉

1990年 京都府立医科大学医学部 卒業

宇治徳洲会病院ローテート研修医、同病院 麻酔科および整形外科医員

国立循環器病センター麻酔科 研修医

宇治徳洲会病院 麻酔科部長

函館共愛会病院 麻酔科部長

北海道循環器病院 麻酔科部長

2009年〜外務省医務官

(在ユジノサハリンスク日本総領事館、在セルビア共和国日本国大使館、在南アフリカ共和国日本国大使館、在スリランカ日本国大使館、在セネガル日本国大使館勤務)

 

 

外務省医務官とは?

松山:外務省の医務官とはどのようなことをされている職業か伺ってもよろしいでしょうか?

 

中村先生:

省庁で医療に関する仕事をしている医師はたくさんいますよね。その医師のことを医官、あるいは医務官と言います。例えば防衛省や法務省、厚労省では「医官」と呼ばれています。臨床的な業務も多いですが、私たち外務省の医務官(以下「医務官」)は所属公館職員の健康管理や在留邦人の初期治療、健康相談等の事務的なことを主たる業務としています。医務官は勤務している国の公衆衛生的な医療事情の調査や、現地の医療援助への助言等も行っています。例えば今、富士フイルムがセネガルに内視鏡センターを作ろうとしているので、それに対して助言やサポートを行っています。

 

松山:ありがとうございます。大使館の職員の方に対して治療や健康相談、またその国の医療統計を取ることも行われているのですね。医務官のお仕事を知っている人は少ないと思うのですが、そもそも先生が医務官になろうと思われたきっかけは何だったのでしょうか?

 

中村先生:

もともと海外旅行が好きで、学生時代はアルバイトをしては色々な国に旅行していました(笑)。なので将来的には何かしらの形で海外で医療に関わりたいと考えていました。私が学生だった頃は、卒後外の病院に研修で出ていくという習慣があまりなく、最初は母校の公衆衛生学の教室に入りました。ただやっぱり臨床をしたいという考えもあったのでその後宇治徳洲会病院で研修医を始めました。研修を始めてそうこうしているうちに臨床が楽しくなって、最終的に麻酔科医として働くことになりました。徳洲会で勤めていた頃に阪神淡路大震災が起こった際はTDMAT(現在のTMAT)の立ち上げに関わって災害医療も経験したり、普段は心臓外科手術の麻酔科医としてごく普通に臨床医として働いていました。どの科でもそうですが、中でも心臓外科の手術は非常にシビアなケースが多くて、特に当時は手術症例が集約化されていなかったこともあって、術者の技量もまちまちで手術によって結果にムラがあったんですよね。だから頻繁に術者と意見がぶつかったり、自分の理想とはかけ離れたところがあったので精神的にキツイものがあった。ちょうど札幌の病院にいた時に外務省の医務官の募集をたまたま目にして、もともと海外に興味があったので応募したら採用され、寒いところが得意そうだからと樺太(ユジノサハリンスク総領事館)勤務が決まったという経緯です。

 

 

現地の医療統計のチェック

松山:そうだったのですね。先ほど医務官の業務内容として現地の公衆衛生的な統計も取られているとおっしゃっていましたが、そのことについても教えていただきたいです。

 

中村先生:

「世界の医療事情」というのが外務省のHPにあるのですが、そのページに在中する国及びその周辺地域の医療事情を私たちが担当して発信しています。ちょうどこの前出したところなんですけどね(笑)。

また、政府から訓令を受けて担当地域の医療統計をさらに細かく分類してまとめることもあります。例えばM-POXやCOVID-19ですね。

私の場合は、セネガル、カーボベルデ、ガンビア、ギニアビサウの4つの国を担当しています。基本的に日本人が少ない国では現地の臨床的な医療事情を発信するのは医務官の仕事となっています。在セネガル日本国大使館のサイトではよりアップデートした医療事情を掲載しています。(https://www.sn.emb-japan.go.jp/files/100770054.pdf

)ただ、タイ等、比較的日本人が多い地域では日本人医師もいますし厚生労働省から医療統計の調査に従事する人が送られていたりもします。

アフリカ等の国では、政府が出すような医療統計に誤りがある場合も多々あります。その国の内部で出される各地域ごとのデータを解釈して報告するのですが、内部と国際機関が出したデータとでの解釈の差異が生まれてしまうんですね。例えば何らかの感染症に関するデータを隠したがって、感染者数を少なく見せているのではないかと思うことがあったり (ex.2021年マラリア感染者数であればセネガル政府の公表では約39万人に対してWHOの公表では約83万人)、はたまた別のデータでは、先進国からの医療援助を受けたいがために患者数を多く見せているのではないかと穿った見方をしてしまうようなことがあったりなどですね。そういったことが起てないか、指摘することもありました。

 

松山:ありがとうございます。内部ではそんなに情報を改変していることがあるのは初めて知りました。正しい医療状況・統計を発信しないと意味がないですし、医務官の先生方が外部の存在として客観的に調査することが重要なのですね。

 

 

アフリカの医療事情と医療支援の現状

松山:ありがとうございます。ここから少し話題が変わるのですが、現在のアフリカの医療の現状を教えていただきたいです。

 

中村先生:

医師がいる地域では、やってること自体(治療法に限って)は他国とあまり変わらないかなというのが正直なところです。治療方法についても論文や学会で共有されているので、調べながらできますが、やはり先進国に比べて設備と資金があまりにも不足しているので手術ができる数がかなり限られています。そうは言ってもセネガルの場合だと医学部が3校あるので他のアフリカ諸国に比べると国内での治療も可能ではあります。ガンビアやギニアビサウ等では医学部が無いので元宗主国の医学部に留学して(母国に医師として)戻ってくるしかないような国もあります。そういう事情もあってギニアビサウでは脳外科医が一人もいません。なので脳外科の手術が必要な時にはフランスから外科医が来て治して帰るという形を取っていたりもします。

医師に関してはさっき言ったようにヨーロッパの医学部で学んでいることもあって質も担保されているのですが、看護師等、医師以外の医療従事者は内部(アフリカ)で養成されているのであまり質が高くないというのが現状かと思います。なので手術が成功しても術後管理が上手くいかなくて患者さんが亡くなってしまうとか、そういうケースが多いです。医療チームとしては成り立っていない。これはアフリカ全体的にそんな感じです。しかし南アフリカだけは全然違います。医療のレベルも高いし、特に外傷(銃創など)が多く、その治療が優れているので他国から留学に来ている先生も多いです。日本からも何人か来ていましたし、ドイツには医療軍というのがあるのでその研修施設の一つにもなっています。

銃創の処置について学ぶには良い施設も多いですし、自国ではマラリアの感染リスクが高くないけれども、周辺の国からはマラリアの症例も運ばれてくるのでそこにいながら感染症の治療も学べますし、個人的には留学先としてもアリなんじゃないかと思います。

 

松山:そんなに銃創症例が経験できるのは驚きです。確かにアフリカというと感染症のイメージが強いですが、実際に日本からセネガルに感染症に関する留学や調査に来ている医師や研究者はいらっしゃるのでしょうか?

 

中村先生:

セネガルにはあまりいないですね。今1人、母子保健に関する調査と、セネガルでの母子保健の体制に関するアドバイスをしにJICAからいらしてる方がいますが、今は医師のJICAボランティア(JOCV)は無く、専門家などで何かミッションがある時に派遣されたりといった形で来られるパターンが多いです。

 

松山:そうなのですね。(先ほどの話題で母子保健とありましたが、)アフリカで最も問題となっている死亡原因は何なのでしょうか?またその対処について何か問題となっていることがあれば教えていただきたいです。

 

中村先生:

最近ではアフリカでも生活習慣病が問題となることも増えてきて、政府もそちらの対応を重視するようにシフトしはじめているけど、やはり全人口に対する死亡割合で見た時に圧倒的に多いのは新生児の死亡なんですね。なので母子保健に関してはUNICEFとかいろんなNGOが支援して底上げできるように頑張っている。定期接種の普及率を高めたりしてますよね、なのでだんだん良くはなってきてます。そうは言っても小児の肺炎や先天奇形、マラリアの感染とかが多いので、まだまだ新生児の死亡率が圧倒的に高いです。

 

松山:先進国からの医療援助も多々あるとは思いますが、現地ではどのようなことを期待されているのでしょうか?

 

中村先生:

例えばアメリカは医療援助をたくさんしていて、マーシー(USNS Mercy)という病院船を持っています。中に手術室が何個もあってCTもあって治療ができる船ですね。沿岸に停めてその中で手術を行って医療援助をしています。他にもたくさんそういったボランティアの団体があって、列車に医療器材を乗せてアフリカ中を回り白内障の治療をするといったグループもいます。もちろん治療してくれるだけで現地としては大助かりです。ただやっぱり治療後、患者管理などの面で「自走」しなくてはいけないのが難しいところです。やっぱり現地の医者が育って現地で医療をしてくれることが重要なんですけど、仮に優秀な医師が育ってもそんな人ほどアフリカ外に就職してしまうので結局あまり現状のレベルと変わっていかないんですよね。そういった医師を現地に残らせるために給与や待遇をある程度改善する必要があります。その上で医療従事者を教育するとか、要は「自走」できる医療チームを作ってやることが大事かなと考えます。大変ですけどね。

政府はなかなか予算を出せる部分が限られているので援助するのが難しいですし、やっぱり何か大きな企業からの多額のファンドが舞い込んできたりとか、あるいはケニアみたいに富裕層向けのプライベートな病院を作って利益を生み出したりするシステムがない限り厳しいと思います。

 

松山:確かに、資源や治療のボランティアに加え、術後の管理も大きな課題ですね。そう考えると先生がおっしゃっていたように質の高い医療チームを育て、現地に残ってもらう必要がありますね。貴重なご意見ありがとうございます。

 

 

私たち医学生に向けて

松山:最後に、私たち医学生に向けて一言いただきたいです。

 

中村先生:

こちらの若い医師や医学生にも言えることですが、とりあえず世界(海外)に出てみることが大事だと思います。ボランティアでもどんな形でもいいけど、自国と違う国ではどんな医療が行われているのか見てみる。先進国じゃなくても発展途上国でもどこでもいいから見てみると良いと思います。そうして世界の水準を知って自国とどう違うかを考えることが重要だと思います。

 

松山:ありがとうございました。

 

 

今回、在セネガル日本国大使館で医務官としてお勤めされている中村燈喜先生にインタビューさせていただけました。お忙しい中、インタビューにご協力くださった中村先生にこの場をお借りして深く御礼申し上げます。

 

 

インタビューさせていただいた感想

 

外務省医務官のお仕事内容やアフリカの医療の現状などを伺うことができ、勉強になりました。今までは、どうしてもアフリカというと医療資源の不足や、最新の治療法をアップデートしている医師が少ないのではないかということをイメージしてしまっていましたが、治療内容はほとんど先進国と同じことをしているということを伺い驚きました。また、先進国から医療支援(手術など)を受けても、現地にその後の管理ができるチームが無いというのが大きな課題だと感じました。ボランティアの際に術後管理まで現地の医療従事者に見学してもらうというのも、団体が長期間交代制でその病院に継続して医療従事者を派遣する等しない限り厳しいでしょうし、また現地の医師以外の医療従事者が留学等を通して衛生的なことも含めて学ぶというのは理想的ですが経済状況的にも難しいのかもしれないと考えました。こういった意味で、経済的な余裕がある状況では、留学するということがいかに合理的なのかを再認識させられました。

また、最後にいただいた医学生への一言にあった、先進国でも発展途上国でもどこでもいいから海外の医療を一度見てみると良いというメッセージの中には、海外の水準を知ることで知見を広めるという意味だけでなく、現在最新の医療を求めがちな私たちにとって、医療資源に極度に限りがある発展途上国では治療をどのように工夫しているのか等を学ぶことで新しいアイデアを生む糧となるという意味も含まれていたのではないかと感じました。

今回感じたことや、日々の先生方からのご指導を大切にし、医師として将来社会に還元できるよう、より一層、勉学や課外活動に取り組んで参ろうと思います。

中村先生ありがとうございました。

 

〈最後に〉

インタビュー中に、「たびレジ」というサービスに登録しておくと、渡航中の最新の現地情報を得られて便利だと伺いました。留学などで渡航する際は是非登録されてみてはいかがでしょうか?

 

 

インタビュイー

在セネガル日本国大使館 参事官兼医務官 中村燈喜先生

 

インタビュアー

金沢大学医薬保健学域医学類3年 松山智亮

 

 

*このインタビューは個人として見解を述べるものです。政府(外務省)としての公式の見解を述べるものではありません。