こんにちは。Team WADA学生インターンの池戸優希です。

今回は、Rutgers Robert Wood Johnson Medical Schoolにて、心臓外科アソシエイトプロフェッサーおよび人工心臓・心臓移植部門ディレクターを務める池上博久先生にお話を伺いました。池上先生はフェローとして渡米後、様々な大学で研鑽を積まれ、現在はラトガース大学の心臓胸部外科(Cardiothoracic Surgery)で活躍されています。今回、ラトガース大学で実習する貴重な機会をいただいたことをきっかけに、実習中に伺ったお話や経験を中心に記事にまとめました。

 

【池上先生のご経歴】

2004年 国立滋賀医科大学医学部医学科 卒業

2004年〜2006年 滋賀医科大学附属病院 初期臨床研修

2006年〜2008年 滋賀医科大学附属病院 心臓血管外科研修

2008年〜2011年 アメリカ・エモリー大学 胸部外科フェロー

2011年〜2013年 アメリカ・ノースウェスタン大学 成人心臓外科フェロー

2013年〜2014年 滋賀医科大学附属病院 心臓血管外科助教

2015年〜2017年 アメリカ・コロンビア大学 心臓外科インストラクター

2017年〜現在まで アメリカ・ロバートウッドジョンソン大学病院 

心臓外科アソシエイトプロフェッサー、人工心臓・心臓移植部門外科ディレクター(2025年現在)

 

【USMLEの勉強について】

海外を目指す医学生にとって、最大の関心事の1つがUSMLEだと思います。そこで、先生の勉強法を伺いました。USMLEの準備は医学部5年の夏から開始し、STEP1を6年の夏に受験、STEP2 CKは卒業直後(初期研修開始直前)に受験されたそうです。USMLE:国家試験の勉強配分は「8:2」と、USMLEに注力しながらも、国試でも十分な得点が取れたとのことでした。

 海外で活躍されている現在だけを見ると、英語が得意だったのかと思いきや、実際には苦手意識を持たれていたそうで、4年次に1年間語学留学もされています。(詳しくはYouTubeをご覧ください。URL: https://www.youtube.com/watch?v=bMwg8eEaLkY) 診察や手術で使われる英会話は、内容がある程度限定されるので、むしろ雑談よりやりやすいとのことでした。

 先生の勉強法で特徴的なのは、オリジナルの英単語帳を徹底的に活用されていたことです。表に英単語、裏に日本語を100語ずつ書いた単語帳を、最終的に約50冊作られたそうです。それを毎回の勉強前に1冊取り出し、各単語を3回ずつ書きながら覚えるという作業を継続、最終的に知らない単語はなくなったそうです。さらに、発音記号までしっかり確認することも大切だといいます。

実際、私が今回の実習中に発音を確認しておくことの大切さを実感した出来事があります。”respiratory”という単語をアメリカ人の先生に伝えたかったのですが、私が間違った発音をしていたために伝わらず、綴りを言ってやっと伝わったという場面がありました。普段、紙やiPadの画面上で勉強していると、気づかず間違った発音で覚えてしまうことがあります。一度、定着してしまうと直すのが大変なので、最初に労を惜しまず、発音を確認することの大切さを身をもって知りました。

 

【アメリカ独特の医療システム】

COVID-19パンデミック後の2023年、先生の勤務先でも大きな混乱がありました。それが、看護師によるストライキです。給料面での待遇改善だけでなく、患者:看護師の比率を変えることなど様々な交渉が行われ、ストライキは約6カ月間も続いたそうです。その間、約1,200人の看護師が出勤を停止し、代わりに約800人のトラベルナース(派遣看護師)が配属されたといいます。

日本で医療従事者のストライキはほとんど聞いたことがなく、このお話を伺った時はかなり驚きました。派遣で、まして800人もとなると業務に混乱が生じるのでは、と心配してしまいますが、実際は大きな混乱なくスムーズに移行したそうです。これは、ICU経験者はICUに、心臓外科経験者は心臓外科にというように、各専門分野の経験者が適切に配置されたことや、もともとトラベルナースがそれほど珍しくないという背景があります。病院と個人が斡旋業者を通じて契約するため、勤務先や勤務時間を自分で調整することができ、個人のライフスタイルに合わせた働き方として人気があるそうです。トラベルナースの給与は科によっては週6000ドルになることもあるそうで、その需要の高さが伺えます。

 

【日本人としてアメリカで働くということ】

実習に来て、アジア系は中国人が圧倒的に多く、たまに韓国人も見かけますが、日本人はほとんど出会いませんでした。スペイン語か中国語だけしか話せない患者さんはたくさんいらっしゃいます。「日本語を話せること」がそのまま強みになる場面は限られていると感じました。そこで、先生に日本人としてアメリカで働くことのメリットを感じたことはあるのか伺いました。

先生のご経験でも、日本人の患者を診察されたことはほとんどないそうですが、「日本語を話せること」というより「日本の価値観」が価値になると仰っていました。「細かいことをきっちりやるとか、床にごみ捨てないとか。」つまり、丁寧さや清潔意識、細部への注意など、日本で育まれた文化的背景や職業観は、アメリカの医療現場でも高く評価されるとのことでした。

 

【アメリカと日本、医師としてのQOLの違い】

実習を通して、日本との大きな違いを感じたのが医師の働き方です。私の見学した科では6時からカンファレンス、6時45分から手術が始まりました。医師・看護師以外にもRNFA (Registered Nurse First Assistant)やNA(Nurse Anesthetists)、CCP(Certified Clinical Perfusionists)など様々な専門職があり、基本的に1つの手術室に外科医は1人です。特に、CABGの見学で、大伏在静脈の採取をRNFAの方が担当されていたのが印象的でした。術後も主治医が中心となって管理する日本のシステムは、一貫性という点で利点があると思いますが、専門の細分化が進んだアメリカの医療現場を目の当たりにし、少ない外科医の人数でも手術件数を増やせる効率の良さは患者にとってもメリットだと感じました。

また、勤務形態は科によりますが、心臓外科を含む多くの科では、アテンディングになると院内当直はなく、オンコール対応のみだそうです。休暇の自由度も高く、期間を調整すれば2週間の日本帰国なども可能だといいます。レジデントの場合でも、年に3回、1週間ずつの休暇が認められていて、同僚と勤務の調整などをすれば、しっかりと休暇を取ることができるそうです。与えられた権利をきっちりと消化できる点は、日本との違いも感じるお話でした。また、収入面では立場によって大きく幅があり、レジデントからアテンディングになるとぐっと待遇がアップし、トップクラスは年収数億円という場合もあるそうで、まさにアメリカンドリームなお話を伺うこともできました。

 

【医学生へのアドバイス】

最後に、医学生へのメッセージをいただきました。

1つ目は、ベッドサイドへ足を運ぶこと。レジデントのうちは特に忙しいこともあり、電話ですべての対応を済ませてしまいがちですが、ベッドサイドに向い、自分の目で状態を確かめることが重要だといいます。患者さんだけでなく、看護師からの信頼にもつながり、経験も磨けて働きやすい環境を作ることにもつながるといいます。

また、基礎的な教科書を1冊、しっかり読み通すこと。特に研修医のうちに重要なのは、心電図・エコー・レントゲン・輸液電解質といった分野です。これらの分野の信頼できる1冊を選び、通読するだけでも臨床での理解度は大きく変わるといいます。海外に限らず、研修医・専攻医として働くうえでも貴重なアドバイスをいただきました。

 

【おわりに】

実習の中で池上先生に様々なお話を伺い、言語の壁や国境を越えて自らの意思と努力でキャリアを切り拓いていく医師像が伝わってきました。海外を目指す医学生にとって、先生の背中は道標でもあると思います。今回の実習やインタビューは、先生が私の大学で講演された際に仰っていた、「やりたいことは全部同時並行でやった方が良い」という言葉に背を押され、実現することができました。私が留学するきっかけでもあった先生に、直接お話を伺う貴重な機会をいただけたことは、今後医師としてのキャリアを考えるうえでの転機になりました。まずは、英会話やUSMLEといった目の前の壁を1つずつ乗り越えて行きたいと思います。

この度はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。この場をお借りして、改めて池上先生に感謝申し上げます。