妹です。創ります。〜卒業設計コンセプト編

2018-06-17
はじめまして。東京の女子大で建築を学んでいる、修士1年の平井未央と申します。平井大士(シカゴ大学循環器フェロー)の妹ということで、北原先生にお誘い頂き、ブログを書かせて頂くことになりました。
私の周りは、兄も含め、医者ばかりだった事もあり、幼い頃から私もお医者さんになるんだと思っていました。しかし、進路を決めるとき、昔から、こんな病院にしたい!と、落書き帳に簡単な間取り図を書いたり、待合室で人が楽しく待てる仕掛けを考えたり、クリニックのマークを考えていたことに気付き、自分は何か、かたちになるものを作って、人を喜ばせたいのかもしれないと思うようになり、建築を学ぶことにしました。(もちろん学力が足りなかったのもあります笑)
今回はそんな私が経験した建築学科の卒業設計についてお話したいと思います。
建築学科では卒業要件として、論文だけでなく、制作があり、自分で自由に設定した敷地やテーマのもと、半年間で設計して模型を作ります。自由に好きなことができる唯一の機会であり、四年間の集大成でもあるため、建築学生は気合を入れて、正月返上で取り組んでいます。
設計のスタートはいろいろな方法があって、自分の体験をかたちにする人、建築以外のものの作られ方を建築に落とし込む人、ある場所や社会の持っている負の要素を建築で解決しようとする人など、様々なアプローチがあり、大学や研究室の持つ色が濃く出る部分でもあります。
卒業設計は大きいものや、広範囲にわたる壮大な計画を造る人もいるのですが、私は、私の責任の持てる範囲内を密に詰めるような設計がしたいと考えていました。そこで、自分の1番よく知っている地元(福井県)の住宅地を敷地対象として、ソフトを介さなくても建築に人が集まるような地域施設を考えることにしました。
私は建築をハコや住むための機械のように捉えることに違和感があり、自分自身や洋服に気を配るように、建築にも手を掛けたりする人が増えるといいなと思っています。
昔の日本家屋は屋根も葺き替えなければいけなかったし、風も定期的に通さなければいけなかったし、人の生活と建築が密接に関わり合っていたと思っています。
今はこういう面倒くさいことは排除され、効率よく、機能的な住宅が素晴らしいものとして建ち並び、セキュリティなどを考えて閉じられたものが増えています。公共施設や地域施設となれば尚更で、住宅地から離れたところに、住宅スケールから逸脱した大きなハコがボンっと置かれています。都会のように次々と刺激的なソフト(今どきのお店とか)が入る場所はそれでも成り立っていますが、地方はそうもいかず、ただの何もない、愛着も持たれない空のハコになってしまう事が多いように思います。
これを「みんなのものであり、誰のものでもない」状態と呼び、これを、「みんなのものであり、私のものであり、誰かのもの」と思ってもらえたら、地域施設は豊かになると思いました。これは多くの著名な建築家の方々も目指しておられる事で、私は今の私なりの方法でこの問題に取り組むことにしました。

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