シカゴ大学最後の手術に太田先生と入りました。 最後の手術はheart mate II exchangeでした。本体とグラフトを繋いでいるコネクターを外すのがとてもしんどく、指がつりそうになりました。 北原 「これ、しんどい手術ですね」 太田先生 「あー、しんどいで」 のやり取りをコネクタを回す度に(計4回)行いました。 8月31日午後11時半、手術と、僕のシカゴ大学フェローシップが終わりました。と…
ある日、ロボットで冠動脈バイパス術をして、その後小開胸の大動脈弁置換術をするという、どうしても正中切開をやりたくないロボット 外科医の真骨頂みたいな手術がありました。 ロボット を含め小開胸の欠点はなにか起きた時に困ることなんだと思います。その日もロボットバイパス中に心室細動になって困りました。胸が開いていれば除細動できるし心臓マッサージできるし簡単に人工心肺始められるしでそんなに困らないのですが…
ある日、補助人工心臓を植え込む手術がありました。 だいたい心不全の人の心臓は大きく、中の弁とかも色々と異常になってたりするので弁を一緒に手術することが多いのですが、今回は久しぶりにハートメイト3を植え込むだけの手術でした。手術の開始からある程度のところまで手順が一緒なように、手術の終盤、止血から閉胸にかけても工程はほぼ同じになると思います。必然的にナースに頼む言葉も決まってくるので、毎回この人おん…
ある日、心臓移植と肺移植がありました。 夜通しの心臓移植を終えて一息ついているとエクモの連絡があったのでエクモを入れました。その後肺移植が控えていたのでちょっと休もうかな、と思っていたらテイ(若手アテンディング)から「ちょっと話があるけんのう」となんだか男らしく声をかけられました。めんどくさ、と思いながら話を聞いていたのですが、どうやら今後の僕の就職先についての話でした。今のところシカゴ大学に残る…
ある日、補助人工心臓植込み術と弁形成術がありました。 左室だけでなく右室の動きも相当悪い人だったので術後に右室のサポートも必要かと思わせぶりな態度をとっていましたが、なんとなく大丈夫な感じでした。 術中アイリーン(オペナース)から突然「クリスチャン病院ってなに?」と聞かれました。なぜクリスチャン病院(現在就職活動中で最近採用の連絡がきた)のことを知っているのか聞くと「だってヒロのFacebookに…
ある日、大動脈解離の手術がありました。 先週末から今週にかけて両親を接待するためほぼ病院にいなかったので、会う人会う人に「両親きたんだって、どうだった?」と聞かれ、毎回「アイ シンク グッド」と答えていました。周りで聞いてる人は何度もそのやりとりを見ているので、またヒロがアイ シンク グッドって言ってる、それしかしゃべれないみたい(実際そう)、と思っていたと思います。 何か変化をつけなければと思い…
ある日、補助人工心臓植込みの手術がありました。 少し遅刻して手術室に入るとアグネス(器械だしのナース)がすでに手洗いをしていました。遅くなってごめんごめん、と言っていると「ヒロ、こっそりワシントンDCに面接に行ったでしょ。ねぇ、ねぇ。行くの?ワシントンDC行くの?」と手洗い後の手で僕をつついてきました。いや、隠してたわけじゃないし、別にまだ決まってもいないし、というか手洗いした後に不潔野に触っちゃ…
お邪魔いたします。シカゴ大学太田です。 塚越先生、シカゴ大学に見学に来ていただいてありがとうございました。いろいろと馬鹿な企画に付き合っていただいて感謝いたします。シカゴ滞在を楽しんで頂けたかどうか気になるところですが、とりあえずお疲れ様でした。 今回のプロファイリング企画1日目の冒頭に企画の意図が説明してありますが、北原先生がシカゴに来て以来、私が人物をプロファイリングをしても、北原先生から「確…
総括 私は、チームWADA会長の和田先生に紹介いただき、5日間シカゴ大学胸部心臓外科の太田先生および北原先生の元で、見学をさせていただきました。時に泣き、時に笑いながら先生方が課すタスクと格闘し、熱い気持ちで行う手術見学の日々は瞬く間に過ぎ去っていきました。お金も大してたまっておらず、彼女もいない真夏に転がり込んできた夏休みをシカゴで軽くなどと考えていたところからは想像もできない程の大きなものを得…
塚越くんの見学していった5日間はあっという間に過ぎていきました。毎日ラーメンを食べに行っていたのにも関わらず塚越くんのことをまだまだ掘り下げることができなかったこと、非常に悔やんでいます。和田くんの時もつしまくんの時もそうでしたが、見学に来る人に対して一体どうしたら彼らにとって実りある滞在にできるのかと考えたりします。というのも僕の場合、見学というものをしたのは初期研修先の病院を決めた時だけで、そ…