教授がサン・ディエゴで床屋に行った話を一晩で5回以上聞かされた夜から5、6年が経ちました。
自分はアメリカでの研究・臨床研修を経て、大学でのFacultyを経験し、一般病院のDirector職に辿り着きました。
振り返って思うのは、自分はどの段階でもずっと“頑張り甲斐”を感じていられた、ということです。
頑張ってFellowになって、充実した教育が受けられて、、、
頑張ってFacultyになって、必要なサポートが受けられて、、、
頑張ってDirectorになって、正当な報酬が受けられて、、、
“頑張ればきっと、、、”と思わせる何かがずっとありました。
そして周りには、頑張ってハッピーになっている人達が沢山いました。
あのまま日本に居たら、自分は“頑張り甲斐”をずっと感じられていたのでしょうか?
今の日本の心臓外科医を取り巻く環境は、若い外科医にとって“頑張り甲斐”があるものなのでしょうか??
シカゴの寒空の下 “パンツの被り甲斐”がある人生を送りたい!といつも仰っている太田教授、、、
どうかこれからも“パンツの被り心地”にこだわって、日本の若手心臓外科医の“頑張り甲斐”のためにご尽力下さい!
そして、小生に出来る事があっても、気軽に連絡しちゃダメよ!!
2018年12月末日
2件のコメント
ミシガンに牛角があるのかという素朴な疑問が…
どうもブログ完遂して頂きありがとうございます。続きは牛角先生が引き継いでくれるのだと思います。今回も端的で深い哲学な投稿ですね。私が他の人のためにできることであれば協力は惜しまないのですが、私自身がやり甲斐を感じで働けているかどうかが原点のような気がします。答えはなかなか出ませんが、とりあえずパンツの被り心地の話は今度ちゃんとレクチャーしますから、公の板で先生の生きがいを議論するのはよした方がいいですよ。例のパンティー献上品5枚セットの件ですがFedexで送りますね。